この数日間、
こんなに涙って出るものなのか?
人間の体の、
どこに、こんなに涙があるのか?
そう思うくらい
泣きはらした。
ベッドで、ポポをダッコしていると、
ポポの頭や背中は
私の涙で、びっちょりだ。
誇り高き馬「白梅」。
私の去年のブログを見ていただくとわかるように、
大好きだった「春霞」が引退してからは、
自分の馬かと思ってしまうくらい
毎回、「白梅」という馬に乗るようになった。
この子は、ものすごく安心感がある子で、
性格は、今まで乗った馬の中で一番いい子。(私的に)
いきたいところにいってくれる素直な子。
けっして変なこともしないし、暴れることなんてない。
そんな子ということもあり、この「白梅」のファンはとっても多かった。
去年の夏、
私が怪我をして、
年末に、
乗馬に復帰してからも
ずっと「白梅」だった。
しかし、年明け、
白梅は肢の具合が悪くなり、
ずっと休馬をするようになった。
そんな白梅のもとに、
レッスン後には必ず立ち寄り、
持っていったおやつの1/3をあげていた。
1/3は乗った子、残りの1/3は色んな子という配分。
最近では、騎乗前にも
白梅のところに寄るようになっていた。
というのは、馬の乗る場所にいくには、
白梅の前を必ず通過する。
そうすると、私の顔を見ると必ず
「ぶひひひ~ん」
と鳴いて呼ぶからだ。
もちろん、騎乗後には、
大好きなバナナ、お砂糖、
にんじんをいっぱい持っていくので
「ぶひひひ~ん」「ぶひひひ~ん」
と何度も何度も鳴いてくる。
私のほうにオシリを見せているときには
「う~め~ちゃん」
と呼ぶと、こらちをゆっくりと向き
「ぶひひひ~ん」と返事をする。
そんな、うめちゃんはもういない。
4月4日永眠。
肢の調子が、だいぶよくなったこともあり?
倶楽部がお休みの日に、
馬場で走らせてあげていたそう。
そんなときに、悲劇は起きた。
肢の複雑骨折。
何人もの獣医さんが診断。
「年齢も年齢だし、
過酷な治療生活をさせるよりかは・・・」
たしか、白梅は、20歳前後だと。
通常ならば、あと少しで乗馬としては引退の歳だ。
白梅・・・
白梅の最期は
「ぼくはへいき」
「まだできる」
「まだできるよ」
「ぼくはへいきだから」
みんなに囲まれて、
大好物のおやつ、バナナ、リンゴ、すいか・・・
特別な食べ物をあげても、決して口にしなかった。
いつも与えられているエサだけを食べて
「ほら、ぼくはへいきでしょ」
と・・。
これが、白梅の最後のプライドだった。
誇り高き馬「白梅」は、
天国へと静かに旅立っていった。
梅の季節が終わり、満開の桜に見守られるように・・。
地震が起きてから、
本当に、辛いニュースばかりが届く。
福島の牧場にいた引退馬たちも、
みんな流されてしまった。
私が乗っていた子たちもみんな・・・。
白梅を自馬のように乗る前は、
私は春霞にばかり乗っていた。
下の画像の子。
いつも「は~る~ちゃん」と呼んでいた
大好きだった「春霞」も、
津波に飲み込まれたと聞いた。
大好きな大好きな子を
この一ヶ月で、二人も失った。